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ニーチェの「超人」とはなんだんろうか

March 18, 2020

Quoraの記事:

「Am I close to the Nietzschean Ubermensch if I don't regret anything I do and accept life as it is with its moments of joy, sadness, and suffering?」

でのFrederick Dolan氏の回答を翻訳します。

後悔がまったくなく、人生の愉悦、悲しみ、苦痛を受け入れるような人生の場合、私はニーチェの超人に近いのだろうか?

F. Dolan:

まったく違います。もしくはより正確に言うと必ずしもそうではないでしょう。後悔なく、あらゆることを受け入れるような人生には2種類あります。

一つ目はまったくの怠惰、弱さ、愚かさ、からくる場合である。このような種類の人間はおそらく何事においても深く考えたり、感じてこなかったでしょう。その場合、その人の持つ後悔の欠如は無価値です。

二つ目は人生の意味への問いを強く疑うような場合からである。このような種類の人間はニヒリズムへの理解があります。ニヒリズムとはあらゆる人々が悲劇的に見え、しかし、自らを創造的な活動にささげることでそれらを克服します。

超人は後者とのみ紐づけられます。

個人的には超人は性格や人格など表すものでないと思います。たしかにニーチェはルサンチマン、高貴な人、自由な人、気高い人、孤高な人などについて言及しました。しかしツァラトゥストラから読み取るに価値のテーブルを築き上げる人のように思えます。超人は救世主や予言者などです。なので超人になるというのは的外れです。超人はただ一人だけです。

さらに言うとツァラトゥストラと自分を語るにつれて超人への興味が薄れたのではないかと思います。彼は最初は「超人について教える」ために現れました。しかし、やがて永劫回帰の思想に心を奪われました。本の最後のほうになると彼は超人についてのことはほとんど言及していません。

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